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ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 全廿三帖   自 昭和二十二年四月二十六日 至 昭和二十二年八月十二日  四七〇帖〜四九二帖

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第一帖(四七〇)11 昭和二十二年
音秘会(おとひめかい)は別に神祀らいでもよいぞ、光の大神様斎き祀り結構いたしくれよ、皆に音秘様の分霊(わけみたま)さずけとらすぞ。お守り、さずけとらすぞ、光の大神様の信者には御神名さずけとらせよ、役員には御神石まつりくれよ、光の大神様の日々の御給仕には十のカワラケにて供へまつれよ。役員七つに分けよ、大道師、権大道師、中道師、権中道師、小道師、権小道師、参道の七段階ぞ、中道師から上は神人共ざぞ。世界の民の会は三千世界に拝み合ふのざぞ、何事も神まつり第一ざと申してあろがな。大き器持ちて御座れよ、小さい心では見当とれんことになるぞ。慢心取違ポキンぞ。ミタマ何時でも変るのざぞ、次々に偉い人出て来るから神示よく読んでグングン行って進めよ、行ふ所神現はれるぞ、光の道弥栄ぞ、なせばなるのざぞ、人民どんどん行はなならんのざぞ、この神示から、ひかり教会から世に出せよ、この巻「ア火八(アホバ)の巻」前の巻は「三@(ソラ)の巻」とせよ。
四月二十六日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第二帖(四七一)10 昭和二十二年
玉串として自分の肉体の清い所供へ奉れよ、髪を切って息吹きて祓ひて紙に包んで供へまつれよ、玉串は自分捧げるのざと申してあろがな。お供への始めはムとせよ、ムはウざぞ、誠のキ供へるのざぞ、餅は三つ重ねよ、天地人一体ざと申してあろがな。御神前ばかり清めても誠成就せんぞ、家の中皆御神前ぞ、九二中皆御神前ざぞ、判りたか。夜寝る前に守護神の弥栄ほめよ、いたらざる自分悔いよ、修業出来た信者の守りの神道場に祀れよ、万霊道場に祀れよ、役員の守りの神は本部に祀れよ、神々様本部に祀れよ。外国とは幽界の事ぞ、外国と手握るとは幽界と手握る事ざぞよ。
五月十二日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第三帖(四七二)9 昭和二十二年
ひかり教の教旨書き知らすぞ、人民その時、所に通用する様にして説いて知らせよ。

教旨
天地不二(てんちふじ)、神人合一。天(あめ)は地(つち)なり、地(つち)は天(あめ)なり、不二(ふじ)なり、アメツチなり、神は人なり、人は神なり、一体なり、神人なり。神、幽、現、を通じ過、現、末を一貫して神と人との大和合、霊界と現界との大和合をなし、現、幽、神、一体大和楽の光の国実現を以って教旨とせよ。次に信者の実践のこと書き知らすぞ。

三大実践主義
弥栄実践 祓実践 (まつり)実践

大宇宙の弥栄生成化育は寸時も休むことなく進められてゐるのざぞ、弥栄が神の御意志ざぞ、神の働ざぞ、弥栄は実践ざぞ。人としては其の刹那々々に弥栄を思ひ、弥栄を実践して行かねばならんのざぞ。宇宙の総てはとなってゐるのざぞ、どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、悉く中心に統一せられてゐるのざぞ。マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ、人々のことごとマツリ合すはもとより神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのざぞ。天地の大祓ひと呼応して国の潔斎、人の潔斎、祓ひ清めせねばならんのざぞ、与へられた使命を果すには潔斎せねばならんのざぞ。かへりみる、はぢる、くゆる、おそる、さとる、の五つのはたらきを正しく発揮して、みそぎ祓を実践せねばならんのであるぞ。役員よきにして今の世に、よき様に説いて聞かして、先づ七七、四十九人、三百四十三人、二千四百〇一人の信者早うつくれよ、信者は光ぞ、それが出来たら足場出来るのざぞ。産土の神様祀りたら、信者出来たら、国魂の神様祀れよ、次に大国魂の神様祀れよ、世光来るぞ、
五月十二日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第四帖(四七三)8 昭和二十二年
三千年(みちとし)の不二は晴れたり、言答(イワト)あけたり。実地ざぞ、遣直し出来んのざぞ。早う足場つくれと申してあろがな、三千の足場つくったら神の光出ると申してあらうがな、足場つくれよ、アジヤ足場ぞ。足場なくては何も出来ん道理人間にも判らうがな、何より足場第一ざぞ、世界の民の会二人でやれよ、一人でしてならんぞ、くどう気つけあらうがな。あなさやけ、あなすがすがし。
六月十日、ひつ九

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第五帖(四七四)7 昭和二十二年
仕事、嘉(よ)事と申してあろがな、仕事マツリざぞ、自分の仕事おろそかならんのざぞ、仕事せよ、仕事仕へまつれと申してあろが、ひかり教会の本部元へ移してもよいぞ、天明表へ出てもよいぞ。愈々ぞ、皆に早う伝へて呉れよ、マツリ結構。
七月三十一日、一二

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第六帖(四七五)6 昭和二十二年
ヘんな人が表に出るぞ、出たら気付けよ。この道開くには誠ぢゃ、誠とは嘉(よ)事ぢゃ、仕事ぢゃ、まつりぢゃ、あなないぢゃ、メ松ぢゃ、むすびぢゃ。わけへだては人間心、何が何だか判らん内に時節めぐりて元に返るぞ、神に分けへだてなし、皆一様にするぞ、お蔭やるぞ、病治してやるぞ、小さい事、大きい事、皆それぞれに御役勇んで仕へまつれよ、分け隔てと云ふ事なく一致和合して神に仕へまつれよ和合せねば誠のおかげないぞ。先づ自分と自分と和合せよ、それが和合の第一歩、アメツチ心ぢゃぞすべてはそこから、生れ来るものなのぞ。八月ぐらぐら、
八月二日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第七帖(四七六)5 昭和二十二年
いやな事は我が血統に致さすなり、他人傷つけてはならんなり、ひふみにも二十@(ふとまに)、五十@(いづら)、いろはにも二十@(ふとまに)五十@(いづら)、よく心得なされよ。何彼の事ひふみ、いろはでやり変へるのぢゃ、時節めぐりて上も下も花咲くのぢゃぞ。誰によらず改心せなならんぞ、この方さへ改心致したおかげで今度の御働き出来るのぢゃ、同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度、この神示神と仏のふで。
八月二日、一二

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第八帖(四七七)4 昭和二十二年
時節には従って下されよ、逆らはず、後の立つ様致されよ、後のやり方、神示で知らしてあろがな。国々所々によって同じ集団(まどゐ)いくらでもつくりあるのぢゃ、何れも我(が)折って一つに集る仕組ぢゃ、天狗禁物、いづれもそれぞれに尊い仕組ぞ、又とない集団(まどひ)ざぞ。神の心告げる手だても各々違ふのぢゃ、心大きく早う洗濯致されよ、とらわれるなよ、とらわれると悪となるぞ。一旦治るなれど、後はコンニャクぢゃ、判らん仕組、判らなならんのぢゃぞ、悪とは我(われ)よしのこと。
八月二日、ひつ九

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第九帖(四七八)3 昭和二十二年
苦労いたさねば誠分らんなり、人民と云ふ者は苦に弱いから、中々におかげのやり様ないぞよ、欲出すから、心曇るから、我よしになるから中々に改心出来んなり、六ケ敷いぞよ。慾さっぱり捨てて下されよ、慾出ると判らなくなるぞ。大地の神の声誰も知るまいがな、だまって静かにまつりて清めて、育ててゐるのざぞ、何もかも大地にかへるのざぞ、親のふところに返るのざぞ。次々に不思議出て来るぞ、不思議なくなりたら神の国、ミロクの国となるのぢゃ。
八月三日、ひつ九

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十帖(四七九)2 昭和二十二年
よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげるのぢゃ、人になんと云はれても腹の立つ様では御用六ケ敷いぞ、腹立つのは慢心ぢゃと申してあろがな。仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ、其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあるのぢゃ、仕組変り変りて人民には判らんなり、よき世と致すのぢゃ、いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ、智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組ぢゃ、と云ふて人間世界は人間の智いるのぢゃ、智でない智を神が与へるぞ、神人共にと申してあろがな、つとめ上げたら他にない結構な御用。
八月三日、ひつ九

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十一帖(四八〇)1 昭和二十二年
世界一目に見へるとは世界一度に見へる心に鏡磨いて掃除せよと云ふ事ぢゃ、掃除結構ぞ。善と悪と取違ひ申してあらうがな、悪も善もないと申してあらうがな、和すが善ざぞ、乱すが悪ざぞ、働くには乱すこともあるぞ、働かねば育てては行けんなり、気ゆるんだらすぐ後戻りとなるぞ、坂に車のたとへぞと中してあろがな、苦しむ時は苦しめよ、苦の花咲くぞ。世は七度の大変り、変る代かけて変らぬは、誠一つの九(こ)の花ぞ、九(こ)の花咲くは二三(ふみ)の山、二二(ふじ)は神山神住む所、やがて世界の真中ぞ、
八月三日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十二帖(四八一)1 昭和二十二年
御神示通りにすれば、神の云ふ事聞けば、神が守るから人民の目からは危い様に見へるなれど、やがては結構になるのざぞ、疑ふから途中からガラリと変るのざぞ。折角縁ありて来た人民ぢゃ、神はおかげやりたくてうづうづざぞ、手を出せばすぐとれるのに何故手を出さんのぢゃ、大き器持ちて来んのぢゃ。神示聞きて居ると身魂太るぞ、身魂磨けるぞ。下に居て働けよ、下で土台となれよ。此処は始めて来た人には見当とれん様になってゐるのぢゃ、人の悪口此の方聞きとうないぞ、まして神の悪口。
八月四日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十三帖(四八二)2 昭和二十二年
同じ名の神二つあると申してあろ、同じ悪にも亦二つあるのぢゃ、この事神界の火ホモ、この事判ると仕組段々とけて来るのざぞ、鍵ざぞ。七人に伝へよ、と申してあろ、始めの七人大切ざぞ、今度はしくじられんのざぞ、神の仕組間違ひないなれど、人民しくじると、しくじった人民可哀想なから、くどう申しつけてあるのざぞ、よう分けて聞きとりて折角のエニシと時を外すでないぞ、世界中の事ざから、いくらでも代へ身魂、代りの集団(まどひ)つくりてあるのざぞ。尊い身魂と、尊い血統、忘るでないぞ。型は気の毒ながらこの中から。
八月四日、一二

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十四帖(四八三)3 昭和二十二年
今の世は頭と尻尾ばかり、肝腎の胴体ないから力出ないぞ。従ふ所へは従はなならんのざぞ、と申してあろ、時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか。お詑びすれば誰によらん許してよき方に廻してやるぞ、口先ばかりでなく心からのお詑び結構いたしくれよ。ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出でましぞ、と申してくどう知らしてあろがな、ダマシて無理に引張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、無理はヤミとなるのざぞ、それでウソの世ヤミの世となって、続いてこの世の苦しみとなって来たのざぞ、こうなることは此の世の始から判ってゐての仕組心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ。
八月四日、一二

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十五帖(四八四)4 昭和二十二年
世の建替と申すのは、身魂の建替へざから取違ひせん様致されよ、ミタマとは身(み)と霊(たま)であるぞ、今の学ある人民ミばかりで建替へするつもりでゐるからタマが判らんから、いくらあせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。天地(あめつち)の秋(とき)来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ、神示読んでタマ早う掃除せよ、世界から見るから日本が日本ぞ、もう一つ上の世界から見れば世界は日本ぞ、神国ざぞ、今迄は大地の先祖の大神様の血統を落して了ふて途中からの代りの神でありたから、まぜこぜしたから世が乱れに乱れて了ふたのぢゃぞ、知らしてあらうがな、よくなっとくしてくれよ、人民も皆その通りになってゐるのぢゃ。
八月四日、一二

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十六帖(四八五)5 昭和二十二年
日の大神様は日の御働き、月の大神様は月の御働き、日の大神様も世の末となって来て御神力うすくなりなされてゐるのざぞ、日の大神様も二つ、三つ、自分一人の力では何事もこれからは成就せんぞ、心得なされよ、神示で知らしただけで得心して改心出来れば大難は小難となるのぢゃ、やらねばならん、戦は碁、将棋、位の戦ですむのぢゃ、人民の心次第、行ひ次第で空まで変ると申してあろがな、この道理よく心得なさりて、神の申すこと判らいでも、無理と思ふ事も貫きて下されよ、これがマコトぢや。
八月五日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十七帖(四八六)6 昭和二十二年
悪く云はれるとめぐり取って貰へるぞ、悪く云ふとめぐりつくるのぢゃ。今度の建替へは人間智恵の建替へとは大分違ふ大層ざぞ、見当とれんのざぞ、日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり月の神ばかりでもならず、そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり、日月の神と現はれなさるなり。「みろく」様が日月の大神様なり、日月の大神様が「みろく」の大神様なり、千(チ)の御先祖様九二の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現はれなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様とおろがみまつれよ。
八月五日、一二

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十八帖(四八七)7 昭和二十二年
改心とはアホになることざぞ、世界中のアホ中々ぢゃ、中々アホになれまいがな。世界中の人民に云ふて聞かして改心さすのではキリがないから大変を致さなならんのざぞ。六ケ敷いこと申してゐるが平とう説かねば判らんぞ、世界の説教をよく聞きてくれよ、天の教、地の導きよく耳すまして聞きとれよ、神の心段々に判りて来るぞ。この者は見込ないとなったら物云わんぞ、もの聞けん様になったら、神示いやになったら其の守護神可哀想になるのざぞ、見込なくなれば神は何も申さんぞ、今の内に神示肚に入れよ。
八月五日、ひつ九のミ。

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第十九帖(四八八)8 昭和二十二年
此の度の岩戸開きに御用に立つ身魂ばかり選り抜(ぬ)きて集めて行さして御用に使ふのであるから、他の教会とは天地の違ひであるぞ、今度は人民の心の底まであらためて一々始末せねばならんなり、誰によらん今迄の様なゼイタクやめて下されよ。せねばする様せなならんなり、世界のハラワタ腐り切って居るのであるから愈々を致さねばならんなり、愈々をすれば人民愈々となるから、神がくどう気つけてゐるのざぞ。此処へは善と悪とどんな身魂も引寄せてコネ廻し練り直す所であるから、チットモ気緩(ゆる)しならん所であるぞ。ここの仕組は天の仕組と地の仕組と、カミとなりホトケとなり結び(ゝ)と和し雲と顕れ動き、鳴り成りてマコトの世「みろく」の代と致して、この世と致て、この世を神の国と致す仕組ぢゃ。今迄は天の神ばかり尊んで上ばかり見て居たから、今度は地は地の神の世と致すのぢゃ、天の神は地ではお手伝ひざと申してあろが、下見て暮せ、足元に気付けと申してあらうが、皆地の神尊び斉き祀りて弥栄ましませ。天の教許りではならず、地の教許りでもならず、今迄はどぢらかであったから時が来なかったから、マコトがマコトと成らず、いづれもカタワとなってゐたのざぞ、カタワ悪ぞ、今度上下揃ふて夫婦和して、天と地と御三体まつりてあななひて、末代の生きた教と光り輝くのざぞ。
八月九日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第二十帖(四八九)9 昭和二十二年
己(おのれ)の心見よ、いくさまだまだであろが、違ふ心があるから違ふものが生れて違ふことになる道理分らんのかなあ。世界の愈々のメグリが出て来るのはこれからであるぞ、九月八日の九の仕組近付いたぞ。人民は早合点、我よしで神示よむから皆心が出て了ふて誠知らしたこと毒とならん様気づけておくぞ。薬のんで毒死せん様に気付けよ。今は世間では何事も分らんから、疑ふのも無理ないなれど、神の仕組は何事もキチリキチリと間違ひないのざぞ。宗教聯合会も世界聯合も破れて了ふと申してあらうがな、つくった神や神の許しなきものは皆メチャメチャぢゃ、三千世界に手握る時と知らずに、T(た)の世界、も十の世界を知らんからさうなるのぢゃ、火火の世界、火火の人、水水の世界、水水の人、と交通出来るのぢゃ、人と云っても人間ではないぞ、ヒトカミざぞ、手握って三千世界に天晴れぢゃ、この道神の道ぢゃ、光の道ぢゃ、教ぢゃ、悪と悪と、善と善と、悪と善と、善と悪と握る手持ちて御座れよ、心持ちて御座れよ、びっくり嬉し箱あくぞ。
八月十日、ひつ九

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第二十一帖(四九〇)10 昭和二十二年
神が引寄せるからと申して懐手してゐては道は拡まらんぞ、弥栄とは次々に限りなく喜びをふやして養って行くことざぞ、喜びとはお互ひに仲よくすることぞ、喜びは生きものぞ、形あるものぞ、色あるものぞ、声あるものぞ、判りたか。教会つくれと申しても今迄の様な教会ではならんぞ、今迄の教会も元はよいのであるぞ、いづれも取次役員がワヤにいたしたのぢゃ、神の心からはなれて人間心となったからぢゃ。神の動きは、アヤワ(ヤ)(ワ)ざと申してあろが、それをヤワ(ヤ)(ワ)となしワ(ヤ)(ワ)と致し、(ヤ)(ワ)となし(ワ)(ヤ)にして分らんことにいたしたのぢゃ、タマなくなってその上に上下、下ひっくり返ってゐると申してあらうがな、分りたか。
八月十一日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第二十二帖(四九一)11 昭和二十二年
已の知では分らん大神様とはアベコベのこと考へてゐては逆さばかりぢや、神示よく読んで誠の仕組仕へ奉れよ。壁に耳あり、天井に目あり、道は一筋と申してあろ、人民と云ふ者はアレコレと沢山に目に見せては迷ふものざから、一つづつ目にもの見せて目標作って、それで引張ってやりて下されよ、一度に沢山見せたり教へたりしては迷ひ生む許りぢや、役員殿気付けてくれよ。この道開けてくると敵が段々多くなって来るぞ、敵結構ぞ、敵尊べよ、敵に親切せよ、何れも神の働きぞ、敵も御役悪も御役ぞ、敵ふへて来ると力出て来るぞ、神の仕組一切。
八月十一日、ひつ九

ひふみ神示 第廿二巻 ア火八(アホバ)の巻 第二十三帖(四九二)12 昭和二十二年
かねて見してある弥栄祈願(やさかきがん)せよ、やさかきがん、やさかきがん、やさかきがん、やさ火(か)き火(か)ん、やさ水(か)き水(か)ん、火と水の御恩、弥栄きがん、やさかのまつりぞ、やさかまつりの秘訣火水(ひけつひみつ)は知らしてあらう。神示よく読めよ。これからの神示は「ひふみ」と申せよ。弥栄。弥栄。
二六五日日一二五七三二八一六七一二三○○○日一三三三一六六六七二六八五二一七六六六三三○○○八○二八八一三三五二日八二六一二三八八五五日日百千一二一二三日五六七八九十百千卍ア火八の○キ九@○て八がつの十二にち。ひつ九のl@@。ア火八の巻これまで。
八月十二日、ひつ九の
                         (ア火八の巻了)

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