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ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 全廿八帖  自 昭和二十一年九月二十八日 至 昭和二十一年十二月十四日  四二八帖-四五五帖

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第一帖(四二八)8 昭和二十一年
今度の建替は敵と手握らねばならんのぢゃ、敵役の神々様人民よ早う尋ねて御座れ、この方待ちに待って居るぞ。引張ったのでは心からでないと役に立たんのぢゃ、此の神示十三の巻からは肚の中の奥まで見抜かんでは、見届けんでは見せて下さるなよ、今にいろいろと身魂集って来るから十二の巻も申し付けてある様にちゃんとしておいて下されよ。御剣の大神、黄金の大神、白銀の大神と称へまつり結構結構ぞ、結構致しまつりくれよ、オロチ、九火(キュウビ)、ジャキ、の三大将殿の御力まつりて弥栄よくよきに動くぞ、ひらけ輝くぞ、一火@の御代となるぞ。
九月二十八日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二帖(四二九)9 昭和二十一年
代へ身魂いくらでもつくりあるぞ、心して取違ひせん様に神の心早う汲みとれよ、九の方の仕組人民には判らんから、どうなることかと役員も心配なさるなれど仕上りうりう見て御座れ、めったに間違ひないのぢゃぞ。うまい口にのるでないぞ、うまいロを今に持って来るが、うまい口には誠ないから、この方三千世界の御道は誠よりないと申してあろが、真実のマコトは神示読まねば判らんのぢゃぞ。ひつぐの民の家には御神名か御神石か御神体として代表の大神様として天(アメ)の日月の大押様地(くに)の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀り結構致し呉れよ、一の宮、二の宮等の祀り天明に知らしてあるぞ。道院殿老祖様は中の宮に他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいぞ、いづれも弥栄々々ぞ。
九月二十八日、ひつ九の神。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第三帖(四三〇)10 昭和二十一年
皆の者御苦労ぞ「世界の民の会」つくれよ、人民拝み合ふのざぞ。皆にまつろへと申してあろがな。まどひつくれつくれ、皆おろがみ合ふのざぞ、まどひのしるしはぞ、おろがみ合ふだけの集団でよいぞ。理屈悪ぢゃ、こんな事云はんでも判っておろが、神示読めよ読めよ。
十月八日、ひつくの神しるす。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第四帖(四三一)11 昭和二十一年
この神示食物(くいもの)に仕様とて、出て来る者段々にあるなれど、皆あて外れて了ふぞ、アテ外れて神の目的成るぞ、役員殿ブチョウホウない様に気つけて呉れよ、まつり結構。神が預けてあるものは、あづかった人民よきに取りはからへよ、大き小さいの区別ないぞ、塵(ちり)一本でも神のものざと申してあろが、塵一本動かすに一々神の心聞いてやって居るとは云はさんぞ、預けるには預けるだけの因縁あるのざぞ、預かった人民よきにせよ、奥山何処へ移ってもよいと申してあろがな、神の道弥栄々々。
十月十三日、ひつ九の神。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第五帖(四三二)12 昭和二十一年
ニニギの命(みこと)お出ましぞ、ニニギとは二二のキの御役であるそ。神がかりて世界申のこと何でも判る様に思ふてゐると、とんでもないことになるぞ、このままにしてほっておくと戦済んだでもなく、とどめもさせん、世界申の大難となるから早う改心結構ぞ。悪の上の守護神、申の守護神、下の守護神の改心出来ん者はいくら可愛い子ぢゃとて、ようしゃは出来んぞ、愈々天の大神様の御命令通りに神々様総掛ぞ。
十一月十六日、ひつ九の神。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第六帖(四三三)13 昭和二十一年
雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、百々八百万の神々様御活動激しくなったぞ、人民目開けておれん事になるぞ、出来るだけおだやかに致したいなれど、判りた臣民日々おわびお祈り結構致し呉れよ、大峠となりてからではいくら改心致しますと中しても、許してくれと中しても、許すことは出来んから、日本には日本の守護の神、支那には支那、外国には、外国のそれぞれの守護の神あること忘れるなよ。神々様持場々々清めて呉れよ。御役結構ぞ。
十一月十六日、ひつ九の神。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第七帖(四三四)14 昭和二十一年
四十七と四十八で世新しく致すぞ、三人使ふて三人世の元と致すぞ、三人を掘り出すぞ。世に落ちてます神々様、人民様を世にお上げせなならんぞ。悪神の国から始まって世界の大戦愈々激しくなって来るぞ。何事も清め呉れよ、清めるとはまつらふことぞ、
十一月十六日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第八帖(四三五)15 昭和二十一年
口と心と行と三つ揃ふたら今度は次にゝ入れて下されよ、ゝは神ぢゃ、神示ぢゃ、神示元ぢゃ、と中してあろが、三つ揃ふても肝腎の神示肚に入って居らんと何にもならん事になるぞ。九分九分九厘となってゐる事も判るであろが、御用勇んで仕へまつれよ。目覚めたら其の日の生命頂いたのぢゃと申してあろ、新しき生命弥栄に生れるのぢゃ。今日一日神に仕へまつれよ、与へられた仕事御用ざぞ、生命ざぞ、取違ひ致すでないぞ。七月になると上の人民番頭殿顔の色悪うなって来るぞ、八九月となれば愈々変って来るぞ、秋の紅葉の色変るぞ。いくら因縁ありてもミタマ曇ってゐると今度は気の毒出来るから、今度引寄せられた人民ぢゃとて役員ぢゃと云ふて、ちっとも気ゆるし出来ん。澄んだ言霊で神示よみ上げてくれよ、三千世界に聞かすのぢゃ、そんな事で世がよくなるかと人民中すであらうなれど神の中す通り、判らいでも神の申す通りにやって下されよ、三千世界に響き渡って神々様も臣民人民様も心の中から改心する様になるのざぞ、世が迫って居ることは、どの神々様人民にもよく判ってゐて、誠求めて御座るのぢゃ、誠知らしてやれよ。何も彼も一度に出て来るぞ、日増にはげしくなって来るぞ、どうすることも出来ん様に、悪神悪の人民手も足も出せん事に、何から何まで、何が何だか判らん事に折り重なって来るぞ、キリキリ舞ひせなならん事になって来るぞ、キリキリ舞にも良きと悪しきとあるぞ、良きは結構ぢゃなあ、中々ぢゃ。
十一月十六日、二一

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第九帖(四三六)15 昭和二十一年
肉体がこの世では大切であるから肉体を傷つけたら苦しめたら、その守護神は、それだけのめぐり負ふのざぞ、霊々と申して肉体苦しめてはならんぞ、今の人民とっておきの誠の智ないから、持ってゐる智を皆出して了ふから、上面許り飾りて立派に見せようとしてゐるから、いざと云ふ時には間に合はんのぢゃ、上面しか見えんから、誠の事判らんから、神の云ふ事判らんのも道理ぢゃなあ。建直の仕組立派に出来てゐるから心配いたすでないぞ、建替延ばしに延ばしてゐる神の心判らんから余り延ばしては丸つぷれに、悪のわなに落ちるから艮(とど)めの一厘のふた、あけるから目開けておれん事になるぞ、早う知らせる人民に心知らしてやれよ、先づ七人に知らせと申してあろがな。
十一月十六日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十帖(四三七)14 昭和二十一年
悪い事は蔭口せずに親切に気付け合って仲良う結構ぞ、蔭口世をけがし、己けがすのざぞ、聞かん人民は時待ちて気付けくれよ、縁ある人民皆親兄弟ざぞ、慢心取違ひ疑ひと、我(が)が此の道の大き邪魔となるぞ、くどい様なれど繰返し繰返し気付けおくぞ。時来たら説き出すものぢゃ、親の心察して子から進んでするものぢゃ、その心よきに幸(さき)はふぞ、もの聞くもよいが、聞かんでは、判らん様では幽国(がいこく)身魂ぞ、神の臣民親の心うつして云はれん先にするものぢゃぞ。世は神界から乱れたのであるぞ、人間界から世建直して地(くに)の岩戸人間が開いて見せると云ふ程の気魂なくてならんのざぞ、その気魂幸(さき)はふのざぞ、岩戸開けるぞ。
十一月十六日、ひつ九のか三。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十一帖(四三八)13 昭和二十一年
日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ、外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、五度ざぞ、判りたか。それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ、中つ枝からの神々様には判らん事ざぞと申してあることもガッテン出来るであろがな。この神示肚に入れて居ればどんなことあっても先に知らしてあるから心配ないのざ、ソレ出たとすぐ判るから胴すわってゐるから何事も結構におかげ頂くのざ。死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ、嬉し嬉しざぞ、
十一月十六日、ひつ九のか三。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十二帖(四三九)12 昭和二十一年
万物の長とは神の臣民の事であるぞ、世界の人民も皆万物の長であるが、この世の神は臣民ぢゃぞ、神に次いでの良き身魂(みたま)ぞ、臣民は地(くに)の日月の神様ざぞ。火の粉でやけどするなよ、気付けおくぞ。世に出てゐる守護神のする事知れてゐるぞ。元の生神様御一方御力出しなされたら手も足も出んことになるのぢゃ、神力と学力とのいよいよの力くらべぢゃ、元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになったぞ、肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れんぞ、震へ上るぞ。理が神ぞ。理が神の御用ざと申してあろがな。
十一月十六日、ひつ九かミ

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十三帖(四四〇)11 昭和二十一年
天(あめ)の岩戸ばかりでないぞ、地(くに)の岩戸臣民の手で開かなならんぞ、誠一つで開くのぢゃ、誠のタチカラオの神、誠のウズメの命殿御用結構ぞ。ダマシタ岩戸開きではダマシタ神様お出ましざぞ、この道理判らんか、取違ひ禁物ぞ、生れ赤子の心になれば分るのぢゃぞ。今の臣民お日様明るいと思ふてゐるがお日様マコトの代のマコトのお日様どんなに明るいか見当とれまいがな。見て御座れ、見事な世と致してお目にかけるぞ、神示読みて聞かせてやれよ、嫌な顔する人民後廻しぢゃ、飛付く人民縁あるのぢゃ、早う読み聞かす神示より分けておいて下されよ、間に合はんぞ、御無礼ない様に致し下されよ。
十一月十七日、一二の神。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十四帖(四四一)10 昭和二十一年
日本には五穀、海のもの、野のもの、山のもの、皆人民の食ひて生くべき物、作らしてあるのぢゃぞ、日本人には肉類禁物ぢゃぞ。今に食物の騒動激しくなると申してあること忘れるなよ、今度は共喰となるから、共喰ならんから今から心鍛へて食物大切にせよ、食物おろがむ所へ食物集るのぢゃぞ。ひたすらに神にすがりてお詑びせよそれより外に今は道なし。外国を日本の地面にせなならん、日本とにほんと取違ひすな。何事も神第一ぞ神よそになすこと云ふことスコタンばかりぢゃ。分け隔てあると思ふは我が心に分け隔てあるからぢゃぞ、世界中のそれぞれの国皆氏神様、産土様愈々天の命令通りにかかり下されよ、もう待たれん事に時節参りて居るぞ、世界の人民皆泥海の中に住んでゐるのぢゃぞ、元の水流して清めてやらねばならんなり、泥水を泥水と知らずに喜んでゐるので始末に困るぞ、清い水に住めん魚は誠の魚ではないのぢゃぞ。つらい役は因縁のミタマに致さすぞ。心得なされるがよいぞ。
十一月十七日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十五帖(四四二)9 昭和二十一年
この儘では世持ちて行かんと云ふこと判って居らうが、所々の氏神様、今迄の様な氏子の扱ひでは立ちて行かんぞ、天の規則通りにやり方変へて下されよ、間に合はんことあるぞ。血尊べよ、血は霊であるぞ神であるぞ、血にごしてはならんぞ、血はまぜこぜにしてはならんのぢゃ、黄金は黄金の血、白銀は白銀の血、黄金白銀交ぜ交ぜて別の血つくってはならんのぢゃ、外国にはまぜこぜもあるなれど、元をまぜこぜならんのざぞ、交ぜることは乱すことざぞ、学はこの大事な血乱す様に仕組みてゐるのざぞ、それがよく見える様にしたのは悪神ざぞ、人民の目くらましてゐるのぢゃぞ、科学科学と人民申してゐるが人民の科学では何も出来ん、乱すぱかりぢゃ、神に尋ねて神の科学でないと何も成就せんぞ、分らなくなったら神に尋ねと申してあること忘れるなよ、一に一たす二ばかりとは限らんのぢゃ、判りたか。
十一月十八日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十六帖(四四三)8 昭和二十一年
神代になりたら天地近うなるぞ、天も地も一つになるのざぞ、今の人民には分るまいなれど、神も人も一つ、上も下も一つとなって自ら区別出来て一列一平上下出来るのぢゃ。この世はほって置いても自然にどうにか動いて行くものざと上に立つ守護神逃げて居るが、そんな事で祭事(まつりごと)出来ると思ふてか、自然には動かんのぞ、その奥の奥の奥の/\/\/\/\のキのイキから動いてゐること判るまい、人民の思ふてゐることは天地の違ひざぞ、ゝの中に又○がありその○にがあり/\/\/\/\/\限り無いのざぞ。人民の研究もよいなれど研究は神ぞ、道にひたすら仕へまつれよ、おろがめよ、研究では誠のことは分らんのぢゃ、我折りて判らんことは神の申すこと聞くのぢゃ、分らんでも聞いて下されよ、悪い様には致さんぞ。まつりまつりとくどう申してあらう、我捨てておろがめば神のキ通じて何でも分って来るのぢゃぞ。
十一月十八日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十七帖(四四四)7 昭和二十一年
今の人民少しは神示判って居らんと恥しい事出来て来るぞ、なさけない事出来てくるぞ、くやしさ目の前ぞ。次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立の大神様御先祖様なり、天の御先祖様此の世の始まりなり、お手伝が弥栄のマコトの元の生神様なり仕上見事成就致さすぞ、御安心致されよ。天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一となってマコトの天となり/\マコトの地となり/\、三千世界一度に開く光の御代ぞ楽しけれ、あな爽け、あなすがすがし、あな面白や、いよいよ何も彼も引寄せるからその覚悟よいか、覚悟せよ、あな爽け、あなすがすがし、四十七と四十八と四十九ぢゃ。
十二月四日、七つ九のかミしらす。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十八帖(四四五)6 昭和二十一年
自分で自分のしてゐること判るまいがな、神がさしてゐるのざから、人間の頭では判らん、仕組通りに使はれて身魂の掃除の程度に使はれて、使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、それがお主の徳と申すものぢゃぞ、一家の為ぞ、国のためぞ、世界の民の為ざぞ、天地の御為ざぞ。今迄になかったこと今度はするのぢゃから合点出来んも道理ぢゃ道理ぢゃ、始め戦(たたかい)で、争(いくさ)で世の建替する積りであったが、あまりに曇りひどいから、イクサばかりでは、すみずみまでは掃除出来んから世界の家々の隅まで掃除するのぢゃから、その掃除中々ぢゃから 戦(イクサ)ばかりでないぞ、家の中キチンと食物大切がカイの御用と申してあろがな、今度の岩戸は、あけっぱなしぢゃ、褌いらんと申してあろう。
十二月四日、一二

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第十九帖(四四六)5 昭和二十一年
四十九、天明神示(ふで)書かす御役ぞ。一二三(ひふみ)となる日近づいたぞ、節分迄に皆の守護神同じ宮に祀りくれよ、まつりまつりてまつり合せ、和合して物事成就するのぞ。まつる心なき者誠ないぞ、マコト判らんぞ。靖国のミタマもそれ迄に奥山に祀りくれよ、まつり替へてやりてくれよ。世界の神々様、守護神様人民のみたま、祀りくれよ、まつり結構ぞ。節分からの誓言(ちかい)変へさすぞ、大神様には御三体の御大神様御三体の大神様と七回くり返せよ、それでよいぞ、神々様には弥栄ましませと五回くり返せよ、霊(タマ)の宮には弥栄ましませと三回繰返せよ、それでよいぞ、弥栄ざぞ。
十二月四日、ひつ九の

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十帖(四四七)4 昭和二十一年
よくもまあ鼻高ばかりになったものぢゃなあ、四足(よつあし)と天狗ばかりぢゃ、まあまあやりたいだけやりて見なされ、神は何もかもみな調べぬいて仕組みてあるのぢゃから性来だけの事しか出来んから、愈々となりて神にすがらなならんと云ふ事判りたら今度こそはまこと神にすがれよ、今度神にすがること出来んなれば万劫末代浮ばれんぞ。したいことならやりて見て得心行く迄やりて見て改心早う結構ぞ。ミロクの世のやり方型出して下されよ、一人でも二人でもよいぞ、足場早うつくれと申してある事忘れたのか。尾振る犬を打つ人民あるまいがな、ついて来る人民殺す神はないぞ、ミロク様が月の大神様。
十二月四日、一二

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十一帖(四四八)3 昭和二十一年
身欲信心スコタン許り、天津日嗣の御位は幾千代かけて変らんぞ、日の大神様、月の大神様、地の大神様御血統弥栄々々ぞ。日本の人民アフンとするぞ、皆それぞれのゆかりの集団(まどい)にと入れよ、神示ひふみとなるぞ、天明は画家となれ、絵描いて皆にやれよ、弥栄となるぞ、やさかいやさか。今度はキリスト教も仏教も何も彼も生かさなならんのぞ。早くから此の方の元へ来て居ても因縁あっても肝腎が判らんと後戻りばかりぢゃ、肝腎々々ぢゃ、学もよいが、それはそれの様なものぢゃぞ、途中からの神は途中からの神、途中からの教は途中からの教、今度の御用は元のキの道ざぞ、世の元からの神でないと判らんぞ、出来はせんぞ、生れ赤児の心とは、途中からの心、教すっかり捨てて了へと云ふ事ざぞ。
十二月十四日、ひつ九のかみ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十二帖(四四九)2 昭和二十一年
まだまだどえらい事出て来て日本の国は愈々つぶれたと云ふ処へなって来るから、皆が誠の神魂になって来んと誠の神は出ないのざぞ、誠ある処へ誠の神働くと申してあろが、誠ない処へ働く神は悪神ぢゃぞ、よう気付けてくれよ。いくら時節来たとて人民に誠ないと気の毒ばかりぢゃ、気の毒此の方嫌ひぢゃ。道は神にも曲げられん、竜神は悪神ぢゃと云ふ時来るぞ、心せよ。誠ない者今に此の方拝む事出来んことになるぞ、此の方に近よれんのは悪の守護神殿。愈々天の御先祖様と地の御先祖様と御一体に成りなされ、王の王の神で末代治める基つくるぞ、少しでもまじりけあってはならんのぢゃ、早う洗濯掃除結構ぞ。御用いくらでもあるぞ、お蔭取り徳ぢゃ。出来るだけ大き器持ちて御座れよ、皆々欲がチビイぞ、欲が小さいなあ。話すことは放すことじゃ、放すとつかめるぞ。
十二月十四日、一二

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十三帖(四五〇)1 昭和二十一年
これから三年の苦労ぢや、一年と半年と半年と一年ぢや。手合はして拝むだけでは何にもならんぞ、拝むとは御用することざぞ、形体(かたち)だけ出来ても何にもならんぞ、拝まないのは猶よくないぞ、神に遠ざかることぢゃ。此の道、ちっとも心許せんキツイやさしい道ぞ、泰平の嬉し嬉しの道ざが、何時も剣の上下に居る心構へ結構ぞ。一の国は一の国の教、二の国は二の国の教、三の国は三の国、四の国は四の国と、それぞれの教あるぞ。道は一つぢゃ、取遠ひせん様にせよ。住む家も、食ふ物も違ふのざぞ、まぜこぜならんのぢゃ、皆々不足なく、それぞれに嬉し嬉しざぞ、不足ない光の世来るぞ、早う身魂相当の御用結構々々ぞ。世愈々開け行くと人民申しているが、愈々つまって来るぞ、おそし早しはあるなれど何れは出て来るから、神示肚に早う入れて置いてくれよ、神示まだまだ判ってゐないぞ。
十二月十四日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十四帖(四五一)1 昭和二十一年
待てるだけ待ってゐるが世をつぶすわけには行かん、人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのざぞ、地(くに)の日月の神と栄えるのざぞ、何より身魂磨き結構。人気の悪い所程メグリあるのざぞ、日本のやり方違って居たと云ふこと、五度違ったと云ふ事判って来ねば、日本の光出ないぞ。表面飾るな。コトもかめばかむ程味出て来るのが磨けた身魂。中味よくなって来ると表面飾らいでも光出て来るぞ。これまでの日本のやり方悪いから神が時々、神がかりて知らしてやったであらうが、気付けてやったが気の付く臣民ほとんどないから、今度五度の岩戸一度に開いてびっくり箱開いて、天晴れ神々様に御目にかけ申すぞ、お喜び載くのぢゃ。神示通り出て来ても、まだ判らんか。神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ。口上手身振上手で誠ない者この方嫌ひぢゃぞ。とどめ(かみ)なり。先見へるぞ、先見んのは途中からの神ぢゃ。
十二月十四日、ひつ九のかミしる

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十五帖(四五二)2 昭和二十一年
神のそばに引き寄せても、実地に見せても、我が強いから中々に改心致さん臣民ばかり、少しは神の心察して見るがよいぞ。気の毒出来るから、少しは神の身にもなってみるものぢゃ、此の僅では気の毒なことになるから、早う守護神、節分迄に早う祀りくれよ、何事もキリ/\/\と云ふ事あるぞ。世治めるは九(こ)の花咲耶姫様なり。
十二月十四日、一二

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十六帖(四五三)3 昭和二十一年
金(きん)では治まらん、悪神の悪では治らん、ここまで申してもまだ判らんか、金では治らん、悪の総大将も其の事知って居て、金で、きんで世をつぶす計画ざぞ、判ってゐる守護神殿早う改心結構ぞ、元の大神様に御無礼してゐるから病神に魅入られてゐるのぢゃぞ、洗濯すれば治るぞ、病神は恐しくて這入って来られんのぢゃぞ、家も国も同様ざぞ。神示幾らでも説けるなれど誠一つで説いて行(おこな)って下されよ、口で説くばかりではどうにもならん、魂なくなってはならん。
十二月十四日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十七帖(四五四)4 昭和二十一年
苦しむと曲るぞ、楽しむと伸びるぞ、此方苦しむこと嫌ひぢゃ、苦を楽しみて下されよ。此の方に敵とう御力の神いくらでも早う出て御座れ、敵とう神此の方の御用に使ふぞ、天晴れ御礼申すぞ。世界のどんな偉い人でも、此の方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けんぞ、早う神示読んで神の心汲み取って、ミロクの世の礎早う固めくれよ。算盤のケタ違ふ算盤でいくらはじいても出来はせんぞ、素直にいたしてついて御座れ、見事光の岸につれて参って喜ばしてやるぞ、
十二月十四日、ひつ九のかミ。

ひふみ神示 第廿巻 んθ(ウメ)の巻 第二十八帖(四五五)5 昭和二十一年
十二の流れ、六の流れとなり、三つの流れとなり、二となり一と成り鳴りて、一つになり、一つの王で治めるのぢゃぞ、弥栄の仕組、普宇と成答の仕組、いよいよとなったぞ。あな嬉し、あなすがすがし普字は晴れたり日本晴れ。此の巻んθの巻と申せよ、後の世の宝と栄へるぞ。
十二月十四日、一二
                             (んθの巻了)

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