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ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 全八帖  自 昭和二十一年二月二十四日 至 昭和二十一年七月二十七日 三九七帖-四〇四帖

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第一帖(三九七)7  昭和二十一年
光の巻しるすぞ、地の日月の神とは臣民の事であるぞ、臣民と中しても今の様な臣民ではないぞ、神人共に弥栄の臣民の事ぞ、今の臣民も掃除すれば九二の一二の神様となるのざぞ自分いやしめるでないぞ、皆々神々様ざぞ。もの頂く時は拍手打ちて頂けよ、神への感謝ばかりでないぞ、拍手は弥栄ざぞ、祓ざぞ、清めぞと中してあらうが、清め清めて祓ひてから頂くのざぞ、判りたか、次の五の巻の謄写は四十九でよいぞ、十は神よきに使ふぞ、前のも十はよきに使ふたぞ、判りたか、皆に分けるぞよ、次は十二の巻の中からよきに抜きて謄写よいぞ。
二月二十四日、ひつくの神

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第二帖(三九八)8 昭和二十一年
天之日月の大神様は別として、雨の神様、風の神様、岩の神様、荒の神様、地震の神様、シャカ、キリスト、マホメットの神様百々の神様皆同じ所に御神体集めてまつりて下されよ、天(あめ)の奥山、地(くに)の奥山、皆同じぞ、御神土(おつち)皆に分けとらせよ。
二月二十六日朝しるすぞ、ひつくの神。

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第三帖(三九九)9 昭和二十一年
今の政治はむさぷる政治ぞ、神のやり方は与へぱなしざぞ、@(うず)ぞ、マコトぞ。今のやり方では世界は治らんぞ、道理ぢゃなあ。天にはいくらでも与えるものあるぞ、地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与へるものあるのざぞ、おしみなく、くまなく与えて取らせよ、与へると弥栄へるぞ、弥栄になって元に戻るのざ、国は富んで来るぞ、神徳満ち満つのぢゃ、この道理判るであらうがな。取り上げたもの何にもならんのぢゃ、ささげられたものだけがまことじゃ、乗るものも只にせよ、田からも家からも税金とるでないぞ、年貢とりたてるでないぞ、何もかも只ぢや、日の光見よ、と申してあらうが、黄金(きん)はいらんと申してあろが、暮しむきのものも只でとらせよ、只で与へる方法あるでないか、働かん者食ふべからずと申す事理屈ぢや、理屈は悪ぢや、悪魔ぢや、働かん者にもドシドシ与へてとらせよ、与へる方法あるでないか、働かんでも食べさせてやれよ、何もかも与へぱなしぢや、其処に神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ。やって見なされ、人民のそろばんでは木の葉一枚でも割出せないであらうが、この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。仕事させて呉れと中して、人民喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑつけてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、おしみなく与へるうちに人民元の姿あらはれるぞ。むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ、そろばん捨てよ、人民神とあがめよ、神となるぞ、泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、元の元のキの臣民地の日月の神ぢゃと申してあろがな、
六月十七日、かのととりの日、ひつくの神。

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第四帖(四○○)10 昭和二十一年
まつりてない時はお日様とお月様おろがめよ、マトとせよ。裁判所(しらす)いらんぞ、牢獄(ろうや)いらんぞ、法律いらんぞ、一家仲ようしたらいらんのぢゃ、国も同様ざぞ。そんな事すれば、世の中メチャメチャぢゃと申すであらうが、悪人がとくすると申すであろが、誰も働かんと申すであらうが、与へる政治だめぢゃと申すであろ、人間の小智恵ぢゃ。其処に人間の算盤(そろばん)の狂うたところ気付かんか、上に立つ人もっともっと大き心結構ぞ、算盤なしで梶とらすぞ、神の申す通りに進むのぢゃ、これが出来ねば一段さがって頭下げてござれ、余り大き取違ひばかりぢゃぞ、悪の守護となってゐるからぢゃ、此処の道理判るまでは動きとれんのぢゃぞ。世界国々所々に世の大洗濯知らす神柱現はしてあろが、これは皆この方の仕組ぢゃから皆仲良う手引き合ってやって呉れよ。
六月十七日、かのととり、ひつくの神。

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第五帖(四○一)11 昭和二十一年
病神がそこら一面にはびこって、すきさへあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから余程気付けて居りて下されよ。大臣は火と水と二人でよいぞ、ヤとワと申してあろが、ヤ、ワ、は火の中の水、水の中の火であるぞ、後はその手伝ぞ、手足ざぞ、役人自ら出来るぞ。ヤクはヤクであるぞ、今迄は神国と外国と分れてゐたが、愈々一つにまぜまぜに致してクルクルかき廻してねり直して世界一つにして自ら上下出来て、一つの王で治めるのぢゃぞ。人民はお土でこねて、神の息入れてつくったものであるから、もう、どうにも人間の力では出来ん様になったらお地(つち)に呼びかけよ、お地にまつろへよ、お地は親であるから親の懐(ふところ)に帰りて来いよ、嬉し嬉しの元のキよみがへるぞ、百姓から出直せよ。ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ。
六月十七日、ひつくの神。

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第六帖(四○二)12 昭和二十一年
今に世界の臣民人民誰にも判らん様になりて上げもおろしもならんことになりて来て、これは人民の頭や力でやってゐるのでないのざといふことハッキリして来るのざぞ。何処の国、どんな人民も成程ナアと得心のゆくまでゆすぶるのであるぞ。今度は根本の天の御先祖様の御霊統と根元のお地の御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ神国とユツタ(ユダヤ)神国と一つになりなされて末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのぢゃ、今の臣民には見当とれん光の世とするのぢゃ、光りて輝く御代ぞ楽しけれく。悪い者殺してしまふてよい者ばかりにすれば、よき世が来るとでも思ふてゐるのか、肉体いくら殺しても魂迄は、人民の力では何うにもならんであろがな。元の霊まで改心させねば、今度の岩戸開けんのぢゃぞ、元の霊に改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ、それ位判って居らうが、判りて居り乍ら外に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ、悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ、霊から改心させなならんぞ、善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、天地ぢゃとくどう知らしてあろが。何んなよいこと喜ばして知らしても、聞かせても、今の臣民人民中々云ふこときかんものぢゃぞ。この道にゆかりある者だけで型出せよカタでよいのぢゃぞ。
六月三十日、ひつぐの神。

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第七帖(四〇三)13 昭和二十一年
アは元のキの神の子ぞ。ヤとワは渡りて来た神の子ぞ。(ヤ)(ワ)は渡りて来る神の子ざぞ。十の流れ、十二の流れと今に判る時来るぞ、三ツ巴現はれるぞ、メリカ、キリスも、オロシヤも、世界一つに丸めて一つの王で治めるのぢゃぞ、外国人も神の目からはないのざぞ。今一戦あるぞ。早う目覚めて、け嫌ひいたさず、仲よう御用結構ぞ。竜宮の音秘殿、岩の神殿、荒の神殿、世界のカタハシから愈々に取掛りなされてゐるのざから、世界の出来事気付けて、早う改心結構ぞ。(す)と二(ふ)と四(よ)との大きいくさあると知らしてありたが、一旦は二(ふ)と四(よ)の天下になる所まで落ち込むぞ、行く所まで行きて、ナのミタマとノのミタマの和合一致出来てからスのミタマが天下統一、世界一平となるのぢゃぞ。愈々大峠取上げにかかるのざぞ。
七月十九日、ひつぐの神。

ひふみ神示 第十八巻 一火@(ひかり)の巻 第八帖(四〇四)14 昭和二十一年
何によらず不足ありたら、神の前に来て不足申して、心からりと晴らされよ、どんな事でも聞くだけは聞いてやるぞ、不足あると曇り出るぞ、曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇るから遠慮いらん、この方に不足申せよ、この方親であるから不足一応は聞いてやるぞ。気晴らしてカラリとなって天地に働けよ、心の不二晴れるぞ、はじめの岩戸開けるぞ。早のみ込み大怪我の元、じっくりと繰返し繰返し神示よめよ、神示肚の肚に入れよ、神示が元ざぞ、今度は昔からの苦労のかたまり、いき魂(たま)でないと御用むつかしいぞ。世のたとへ出て来るぞ。神が人の口使ふて云はせてあるのぢゃぞ。神国は神力受けねば立ちては行けんぞ、神なくして神力ないぞ、神なくなれば丸潰れざぞ。まわりに動く集団(まどい)早うつくれよ。数で決めやうとするから数に引かれて悪となるのざ、数に引かれ困らん様気付けよ。この神示とくのはタマでないと少しでも曇りあったら解けんぞ。悪に見せて善行はなならん事あるぞ。この行中々ざぞ。此の世の鬼平げるぞよ。鬼なき世となりけるのざぞ。判りたか。キリスト教の取次さん、仏教の取次さん、今の内に改心結構ぞ、丸潰れ近づいて御座るに気付かんのか。同じ名の神二つあるぞ。人民三つ四つにもおろがんで御座るぞ、ふみ出すもよいなれど、神示読むのが先ざぞ。神第一ざぞと申してあらうが。暫し待て。世界のふみ出す時来るぞ。アワの様な今のふみ何にもならんぞ、時待てと申してあらうがな、この巻から謄写もならんぞ、時来る迄写して皆に分けとらせよ。
七月二十七日、ひつくの神。三年のたてかへぞ。
                          一火@(ひかり)の巻了

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