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ひふみ神示 第十一巻 松の巻 全廿九帖   自 昭和二十年六月十七日 至 昭和二十年七月十九日   二九二帖〜三二〇帖

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第一帖 (二九二)9 昭和二十年
 富士は晴れたり世界晴れ。三千世界一度に晴れるのざぞ。世の元の一粒種の世となったぞ。松の御代となったぞ。世界ぢうに揺りて眼覚すぞ。三千年の昔に返すぞ。煎り豆花咲くぞ。上下ひっくり返るぞ。水も洩さん仕組ぞ。
 六月十七日、あめのひつ九のか三。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二帖 (二九三)8 昭和二十年
 神の国を、足の踏むところない迄にけがして仕舞ふてゐるが、それで神力は出ぬぞ。臣民無くなるぞ。残る臣民三分むつかしいぞ。三分と思へども、二分であるぞ。邪魔せん様に、分らん臣民見物して御座れ。ここまで知らして眼覚めん臣民なら手引いて見てゐて御座れ。見事仕上げて見せるぞ。雀ちうちう鳥かうかう。
 六月十八日、あめのひつ九か三。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第三帖 (二九四)7 昭和二十年
 神烈しく、人民静かにせよ。云ふた事必ず行はねばならんぞ。天から声あるぞ、地から声あるぞ。身魂磨けばよくわかるのざぞ。旧九月八日までにきれいに掃除しておけよ。残る心獣ぞ。神とならば、食ふ事も着る事も住む家も心配なくなるぞ。日本晴れとはその事ざぞ。
 六月十九日、あめのひつ九のかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第四帖 (二九五)6 昭和二十年
 幾ら誠申してもまことは咽喉へつかへて呑み込めぬから、誠の所へは人民なかなか集まらんなれど、今度の御用は臣民沢山は要らんぞ。何もかも神が仕組みてゐるのざから人民仕様とて何も出来はせんぞ、神の気概に叶はん人民は地の下になるのざぞ。神示わからねば一度捨てて見るとわかるのざぞ。
 六月二十日、アメのひつ九のかミ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第五帖 (二九六)5 昭和二十年
 この先どうしたらよいかと云ふ事は、世界中金の草鞋で捜しても九九より他分からんのざから、改心して訪ねて御座れ。手取りてよき方に廻してやるぞ。神の国の政治は、もの活す政治と申してあろが、もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。金もの云ふ時から、物もの云ふ時来るぞ。誠もの云う時来るぞ。石もの云ふ時来るぞ。
 六月二十一日の朝、アメのひつ九のかみ神示。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第六帖 (二九七)4 昭和二十年
 今の世に出てゐる守護神、悪神を天の神と思ってゐるからなかなか改心むつかしいぞ。今迄の心すくりとすてて生れ赤子となりて下されと申してあろが。早よ改心せねば間に合はん、残念が出来るぞ。この神示わからんうちから、わかりておらんと、分りてから、分りたのでは、人並ざぞ。地の規則天の規則となる事もあるのざぞよ。
 六月二十二日、アメのひつ九のかみふで。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第七帖 (二九八)3
 偉い人皆俘虜(とりこ)となるぞ。夜明け近くなったぞ。夜明けたら何もかもはっきりするぞ。夜明前は闇より暗いぞ慌てるでないぞ。神の国一度負けた様になって、終ひには勝ち、また負けた様になって勝つのざぞ。腹の中のゴモク一度に引張り出してもならぬし、出さねば間に合わんし、いよいよ荒事にかかるからそのつもりで覚悟よいか。わからん人民退いて邪魔せずに見物してござれよ。
 六月二十三日、アメのひつ九の

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第八帖 (二九九)2 昭和二十年
 神の国には昔から神の民より住めんのであるぞ、幽界身魂は幽界行。一寸の住むお土も神国にはないのぞ。渡れん者が渡りて穢して仕舞ふてゐるぞ。日本の人民、大和魂何処にあるのざ、大和魂とは神と人と解け合った姿ぞ。戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、神は此の世にいまさんと云ふ事になって来るぞ。それでどうにもこうにもならん事になるから、早よう神にすがれと申してゐるのぞ。誠ですがれば、その日からよくなるぞ、神力現れるぞ。今度の建替は、此の世初まってない事であるから、戦ばかりで建替出来んぞ。世界隅々まで掃除するのであるから、どの家もどの家も、身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、辛い人民沢山出来るぞ。ミタマの神がいくら我張っても、人民に移っても、今度は何も出来はせんぞ。世の元からの生神でない事には出来ないのであるぞ。それで素直に云ふ事聞けとくどう申すのぞ、今度は神の道もさっぱりとつくりかへるのざぞ。臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへぞ。戦の手伝位誰でも出来るが、今度の御用はなかなかにむつかしいぞ。赤いものが赤い中にゐると色無いと思ふのぞ、気付けて呉れよ。悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事、悪となるのざぞ。悪も改心すれば助けてやるぞ。海の御守護は竜宮のおとひめ様ぞ。海の兵隊さん竜宮のおとひめ殿まつり呉れよ。まつわり呉れよ。竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりつかんぞ。朝日輝る夕日たださす所に宝いけておいてあるぞ。宝愈々世に出るぞ。人民の改心第一ぞ。顔は今日でも変るぞ。民の改心なかなかぞ。
 六月二十三日、アメのひつ九のかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第九帖 (三〇〇)1 昭和二十年
 悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、九分九厘でグレンぞ、善のやり方始め辛いなれど先行く程よくなるぞ。この世に何一つ出来んと云ふことない此の方のすることぞ。云ふ事きかねば、きく様にしてきかすぞ。因縁だけのことはどうしてもせねば、今度の峠は越せんのざぞ。ここの役員は皆因縁ミタマばかり、苦労しただけお蔭あるぞ。
 六月二十四日、あめのひつ九のかみしるす。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十帖 (三〇一)1 昭和二十年
 今度役目きまったら、未代続くのざぞ、神示に出た通りの規則となるぞ。善も末代ぞ、悪も末代ぞ。此の世は一であるぞ。われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。神に縋るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ。今度はいろはの世に戻すぞ。ひふみの世に戻すぞ。素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻はしてやるぞ。よろこびの身といたしてやるぞ。
 六月二十四日、あめのひつ九のかみしるす。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十一帖 (三〇二)2 昭和二十年
 今の法律此の方嫌ひぢゃ、嫌ひのもの無くするぞ。凝り固まると害(そこな)ふぞ。此の道中行く道と申してあるが、あれなら日津久の民ぞと世間で云ふ様な行ひせねばならんぞ。神の国と申すものは光の世、よろこびの世であるぞ。虫けらまで、てんし様の御光に集まるよろこびの世であるぞ。見事此の方についてご座れ。手引ぱって峠越さしてやるぞ。
 六月二十五日、あめのひつぐのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十二帖 (三〇三)3 昭和二十年
 前にも建替はあったのざが、三千世界の建替ではなかったから、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって悪は走れば、苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。それで今度は元の生神が天晴れ現はれて、悪は影さへ残らぬ様、根本からの大洗濯するのぞ、神神様、守護神様、今度は悪は影も残さんぞ。早よう改心なされよ。建替の事学や智では判らんぞ。
 六月二十八日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十三帖 (三〇四)4  昭和二十年
 この世界は浮島であるから、人民の心通り、悪くもなりよくもなるのざぞ。食ふ物ないと申して歩き廻ってゐるが、餓鬼に喰はすものは、もういくら捜してもないのぞ。人は神の子ざから食ふだけのものは与へてあるぞ。神の子に餓死はないぞ。いやさかのみぞ。此処は先づ世界の人民の精神よくするところであるから、改心せねばする様いたすぞ、分らんのは我かまうひと慢心してゐるからぞ。
 旧五月十六日、あめのひつ九の

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十四帖 (三〇五)5 昭和二十年
 裏切る者沢山出てくるぞ、富士と鳴戸の仕組、諏訪マアカタの仕組。ハルナ、カイの御用なされよ。悪の総大将よ。早よ改心なされ、悪の神々よ。早よ改心結構であるぞ。いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。悪とは申せ大将になる身魂、改心すれば、今度は何時迄も結構になるのぞ。日本の臣民人民皆思ひ達ふと、くどう知らしてあろが。まだ我捨てぬが、水でも掃除するぞ。
 六月二十九日、あめのひつぐのかみ神示。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十五帖 (三〇六)6 昭和二十年
 この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりて呉れよ。嘘は書けん根本ざから此の神示通りに天地の規則きまるのざぞ、心得て次の世の御用にかかりて呉れよ。世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ。間違ひない事ざぞ。大将が動く様では、治らんぞ。真中動くでないと申してあろが、此の世の頭から改心せねば、此の世治まらんぞ。此の方頼めばミコトでおかげやるぞ。竜宮のおとひめ殿烈しき御活動ぞ。
 六月三十日、あめのひつぐのかみしるす。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十六帖 (三〇七)7 昭和二十年
 火と水と組み組みて地が出来たのであるぞ、地の饅頭の上に初めに生えたのがマツであったぞ。マツはもとのキざぞ、松植へよ、松供へよ、松ひもろぎとせよ、松玉串とせよ、松おせよ、何時も変らん松心となりて下されよ。松から色々な物生み出されたのぞ、松の国と申してあろが。
 七月五日、あめのひつ九のかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十七帖 (三〇八)8 昭和二十年
 釈迦祀れ。キリスト祀れ。マホメット祀れ。カイの奥山は五千の山に祀り呉れよ。七月の十と二日に天晴れ祀りて呉れよ。愈々富士晴れるぞ。今の人民よいと思ってゐる事、間違ひだらけざぞ。此処までよくも曇りなされたな。二の山三の山四の山に祀り呉れよ。まだまだ祀る神様あるぞ。
 七月二日、あめのひつぐのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十八帖 (三〇九)9 昭和二十年
 人民同志の戦ではかなはんと云ふ事よく判りたであろがな。神と臣民融け合った大和魂でないと勝てんことぞ。悪神よ。日本の国を此処までよくも穢したな、これで不足はあるまいから、いよいよ此の方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。学問と神力の、とどめの戦ざぞ。
 七月三日、あめのひつ九のかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十九帖 (三一〇)10 昭和二十年
 改心次第で善の霊と入れ換へて、その日からよき方に廻してやるぞ。宵の明星が東へ廻ってゐたら、愈々だぞ。天の異変気付けと、くどう申してあろがな。道はまっすぐに行けよ。寄道するではないぞ。わき目ふると悪魔魅入るぞ。それも我れの心からざぞ。
 七月四日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十帖 (三一一)11 昭和二十年
 此処まで来れば大丈夫ざぞ。心大きく持ちて焦らずに御用せよ、饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ。もう何事も申さんでも、天と地にして見せてあるから、それよく見て、改心第一ぞ。悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ。人助けておけば、その人は神助けるぞ。神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ。これから愈々の御用あるぞ。皆の者も同様ぞ。
 七月五日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十一帖 (三一二)12 昭和二十年
 旧九月八日からの祝詞は初めに、ひとふたみ唱え、終りに百千卍宣れよ。お神山(やま)作る時は、何方からでも拝める様にしておけよ。一方から拝むだけの宮は我れよしの宮ぞ。何もかも変へて仕舞ふと申してあろうが。神徳貫へば何事も判りて来るのざぞ。要らんもの灰にするのざぞ。息乱れん様にせよ。
 七月七日、アメのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十二帖 (三一三)13 昭和二十年
 世変りたら生命長くなるぞ。今迄上にあがりて楽してゐた守護神は大峠越せん事になるぞ。肉体あるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ。悪も御苦労の御役。此の方について御座れ。手引いて助けてやると申してあろが。悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ。
 七月八日、アメのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十三帖 (二一四)原文
 九二九二十九随\九嵩三十十七錘O八日八九三二五六一ゝ〇癈八八癢Z十十千〇日五一二三十七七錘O五八八九七三二七卍九十〇日一九十〇日三八九二三三三八九一七百十三二九嵩六三八〇一二九嵩六三一日一二三六九 アメの一二の

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十三帖 (三一四)14 昭和二十年
 国々所々に、神人鳴り動く、道は世にひらき極む、日月地更に交わり結び、その神々ひらき弥栄え、大地固成、まことの神と現はれ、正し、三神は世に出づ、ひふみと鳴り成るぞ。正しくひらけ弥栄へて更につきづ、鳴る道に成り、交わる。永遠の世光ることは永遠の大道、息吹き大地に充ち満つ道。展きてつきず、極り成る神の道。苦む道をひらき、日月地に苦しむ喜び出で、神の国むつび、悉く歓喜弥栄ゆ。
 七月十日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十四帖 (二一五)原文
 八ゝ九/\十百千十百三ゝ二八一吹宦廂嵩ゝ八癜Sゝ三ゝ一八ゝ七旋瘉齠八七吹@碼瘉齒\九ゝ十一日ゝ日二七酔ワ三七六二十九一二三卍千百十八一三〇十碼数ェゝ瘉齊オ随\三十八数ェ九瘁廂瘉齒\嵩碼錘O 大日三火三嵩七粋遂繽\〇〇錘O〇二七九か瘤O七九数ェ九三
  七かつ十か アメのひつ九か三

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十四帖 (三一五)15 昭和二十年
 早く早くと申せども、立体の真道に入るは、小我(われ)死なねば、大我(われ)もなき道ぞ、元栄えひらき鳴る神、元にひらき成る神、元津神日の神、極みきわまりて足りいよいよ月の神はらみ交わりさかゆ、成りむつび、神々極まるところ、ひふみ、よろづ、ち、ももと、ひらく、歓喜の大道、神々更に動きひらき栄ゆ。元津神のナルトの秘密、永遠に進み、いき、ひらき極む。元津大神かくりみ、次になる神かくりみのナルトぞ、富士栄え、火の運動き、うづまき鳴り、極みに極みて、地また大地動き、うづまくぞ、真理なりて極まり、鏡の如くなり、極りて、動きひらき、極まりて大道、遂に成るぞ。
 七月十日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十五帖 (三一六)15 昭和二十年
 ムからウ生れ、ウからム生れると申してあるが、ウム組み組みて、ちから生れるのざぞ。今度の大峠はムにならねば越せんのざぞ。ムがウざぞ。世の元に返すのぞと申してあろが。ムに返れば見えすくのざぞ。風の日もあるぞ。
 七月十一日、アメのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十六帖 (三一七)14 昭和二十年
 カイ奥山開き結構々々。奥山元ぞ。中山は介添ぞ。国々おつる隅なくつくり呉れよ。一の宮ばかりでないぞ。二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、つくりてよいぞ。何処にも神まつれと申してあろが。てんし様まつれと申してあろが。まつり結構。まつればよろこぶこと出来るぞ。
 七月十三日、あめのひつくのかみふで。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十七帖 (三一八)13 昭和二十年
 天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿河灘、富士を境に真二つ。先づ切取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らずのうにする。夜明の御用つとめかし。晴れたる富士のすがすがし。
 七月十四日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十八帖 (三一九)12 昭和二十年
 保食の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。煎り豆花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ。いくら人民の尻叩いて野山切り拓いても食物三分六つかしいぞ。神々まつれと申してあろが、野拓く時は野の神まつれ。物作る時は保食の神まつれ。産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ。人民の学や智ばかりで何が出来たか。早よ改心第一ぞ。山も川も野も人民も草も木も動物虫けらも何もかも此の方の徳であるぞ。それぞれの御役あるのざぞ。学や智捨てて天にむかへ。地にむかへ、草にむかへ、生物にむかへ、木にむかへ、石もの云ふぞ。草もの云ふぞ。
 七月十八日、あめのひつくのかみ。

ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十九帖 (三二〇)11 昭和二十年
 豊受の大神様お山の富士に祀り、箸供へてお下げした箸、皆に分けやれよ。饌(け)に難儀せん様守り下さるぞ。仕組少し早よなったから、かねてみしてあった事八月八日から始め呉れよ。火と水に気付けよ。おろがめよ。キの御用大切ぞ。ケの御用大切ぞ。クの御用大切ぞ。神は気引いた上にも気引くから、とことんためすから、そのつもりで、お蔭落さん様にせよ。二十五柱役員ぞ。慢心すればかへ身魂使ふぞ。この巻松の巻。
 七月十九日、あめのひつぐのかみ。
                                 (松の巻了)

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